プロとして評価される側

図面を描くプロとして、出来るだけ間違いの少ない図面を描く為には、必ずチェックをすることが大事。

人間だからどうしても間違いはゼロにならないけれど、限りなくゼロに近づけることは可能です。

前回はそんな感じの、かなり説教くさい話をしてみました。

図面のプロであれば、ほとんど間違いがないというレベルを目指して仕事をするべきではないか。

今現在出来ていない私ですが、出来るだけそこに近づきたいと思いながら仕事をしています。

まあ現実は「チェックに時間をかけるようにします」で済むような、簡単な世界ではないですけど……

それでも、少しでも正確な図面を描く、という基本方針を持っているのは重要なことだと思います。

今回はもう少し続いて、なぜこんなにしつこく図面チェックについて書いているのか、という話をしてみます。


■図面は雄弁に語る

こうして何度も「チェックをして間違いのない図面を作図しましょう」と書くのには、当然それなりに理由があります。

もちろん、チェックをしないままの図面は間違いが多くて使えない、という理由も非常に大きいです。

図面は人に見られて使われることで、はじめてその役割を果たすので、使えない図面というのは悲しいんですよね。

役に立つ図面を作図してこそプロですから。

また、作図した図面が使えないとかそういう問題以上に、もっと大事なことがあるんです。

チェックされていない図面というのは、図面を見る人に必ずその事実が伝わってしまう、という大きな問題が。

図面を見る側も別に遊びで図面を見ている訳ではなく、仕事で必要だから毎日のように図面を見ています。

つまり、図面を見るプロということです。

そうした人が、適当に「こんなもんだろう」みたいな感じで書かれた図面を見ると、すぐに分かってしまうんです。

あ、この図面はチェックしてないな、と。

作図する側がどんな言葉で説明をするよりも、図面が雄弁にその事実だけを語ってくれる訳です。

これは、自分が実際に人の描いた図面を見る側にまわると、一瞬で理解できることなんですけど。

作図をする側からは分かりにくいことなんですよね。

 

■評価されるという現実

図面を見る側になったとして想像すると……

自分が作図した図面を何のチェックもしないまま、平気で渡してくる相手を見てどう思うでしょうか。

私だったら、あまり信用ならない人だな、という印象を持つので、あまり重要な図面を頼みたくないと思います。

ミスが1回目ならば「ちゃんとチェックしてよ」と言って、次回から改善されることを望むでしょう。

でも、それが改善されないまま何度も続いたら、きっとそれ以上はうるさく言ったりしません。

言っても改善されないのなら、言うだけ時間が勿体ないですから。

そう考えるのはきっと私だけではないはずで、大抵の人が似たようなことを考えるのではないでしょうか。

つまり……

自分が作図する図面の間違いをゼロにしようとせず、図面のチェックも短時間で終わらせる。

そのようなことを続けていると、プロとしての信用を得ることが出来ない、という残念な結果が待っている。

そういうことです。

信用されない人が重要なポジションを与えられることは、普通に考えてあまりないことですよね。

そうなると、図面の経験を積んでいっても、あまりやることが進歩していかない状態になってしまいます。

信用を失うということは、それほどに大きなことなんです。

「重要なポジション」とか、少し大げさな表現をしてしまいましたが、要するに仕事を頼みたくなる人かどうか、というシンプルな話です。

あいつには仕事を頼みたくない、と思われている人は、きっとそこには居場所なんてないですよね。

人には相性というものがあるので、全員から100点満点の評価を受けるのは難しいです。

でも、全員から低い評価を受ける場合には、やはり受ける側に間違いなく問題があるとしか言いようがありません。

プロとしてそれは残念な状態なので、出来れば半分以上の相手から評価されるくらいになりたいものです。